
東西の文化の違いは日本語教育にどう影響しますか。
東洋の文化や思想には「中庸」の考え方が根付いています。「白と黒」「善と悪」、両極を越え中道に至る。実は古代ギリシャでもアリストテレスが「中庸」を説いています。また、両極を避け中道を取ること を「凡庸」と言うそうですが、英語にはSafety lies in the middle coursesという表現があります。古代から東西には似た思想があり、それを比較し教えることも日本語教育の面白い一面ではないでしょうか。
教師にも哲学の研修が必要そうですね。
「中庸」については、もちろんその学問を究めら れればいいのですが、考え方を知ることだけでクラスワークには充分役立ちます。例えば、立場の違うA国とB国の学生が同じクラスで学んでいます。双方の意見に折り合いがつかず一触即発の場面に遭遇したとします。そのとき日本語教師はA、B両国の言い分を聞き調整する役割を担うことになりますが、「まあまあ」とか「いいじゃん」とかいう態度は両方を侮辱することになりますのでタブー。それぞれを認めながら「日本」という国で学ぶ彼らのバランスをとることに なります。
だれにでもできることなのですか?
難しく考えることはありません。「国」ではなく「人間」という単位で物事を捉えればいいのです。自ずとあるべき姿が見えてくるはずですから。実は今、私たち日本人に求められているのは「中庸」の思想です。両極を学び知識を得、中道に導く知恵を絞る。その知恵を子供たちに伝え、次代に平和に暮らせる世の中を残さなければならない。そのためには外国人と日常的に接する日本語学校や教師は、目先の利益に囚われずに長い目で国際交流を捉え、学習者たちとともに学び高めあうことで「心の交流」を地道に行っていくことが大切だと考えます。そのことが将来の私たちの郷土を守ることになるのではないでしょうか。