

多文化共生について考える
- はじめに
- 外国人学生たちと中・高校生の交流
- 世代を超えた日本語教育
- 地域社会と日本語教育
- 国際交流から共生へ
- 学習者のお国を知ること
- 映画「ラストサムライ」と日本人
- 衣食足りて、礼節はどこへ??
- 日本語学校の将来は「中庸」にあり
- 「知日家」を育てる日本語教師(1)
- 「知日家」を育てる日本語教師(2)
- アロハな気持ち
- 団塊ジュニアと同世代の外国人
- 日本を元気にする外国からの文化(1)
- 日本を元気にする外国からの文化(2)
- 日本語学校の社会的存在意義とは
- 災害と日本語学校の学生
10. 「知日家」を育てる日本語教師(1)
今回は私の友人の話です。ボクシングの試合を見に行ったときのこと。日本人とある国の選手がチャンピオンの座を争ったビッグタイトルだったそうです。勝負は最終ラウンドまで持ち越され判定が気になる頃、相手国選手がだんだんと有利になってきました。友人が「まだまだ戦えるぞ!頑張れ!!」と声をかけながら周囲を見回すと、驚いたことに観客がぞろぞろ出口に向かっています。リングではまだ選手が一生懸命戦っているのに、勝負が見えたとたんに観客が帰り始めたというのです。しかも自分の国の選手が負けそうなのに。テレビやゲームの影響なのか、他人の痛みを感じることのできない人が、この国に増えているような気がします。
それは日本語教育の現場にも影響がありますか?
外国人はもっと敏感に感じていますよ。私の学校 では外国人学生がグループで研究課題を持ち、日本人にインタビューを行うという授業があります。以前は楽しい課題だったのですが、最近は協力してくれる日本人が本当に少なくなりサンプルを集めるのにとても苦労している様子です。ある外国人学生の弁です。「日本人は関心のない者にはとても冷たい」。ボクシングの話に戻れば、リングで戦っているのは他人。観客の自分は好きなときにそれを観て、飽きたら帰る。外国人との交流も然り。自分の興味ある範囲でやりたい、という方がいます。外国人学習者は帰国後にこれを真の日本人の姿として伝えることになります。
日本語教師にできることは何でしょうか?
私は、親日家ではなく「知日家」を育てたい。日本語学習者に日本をよく知ってもらい、その長短を自国に伝えこれからの国交に役立てて欲しいと考えています。そして日本語教師には教室内で教えるだけでなく、学習者と語り合い、時には一緒に笑い泣くことで、ひとりでも多くの「知日家」を育てて欲しい。日本語教師という仕事は、将来の友好的な国際関係構築に直接貢献できる数少ない職業のひとつなのですから。
東京中央日本語学院では養成講座受講生と外国人学習者の交流の機会を多く提供しています。ぜひ一度ご来校の上「多文化共生」をご体験ください。